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My hero が My darling になるまで -元小悪魔の挑戦-

わたしらしさで落とします。元小悪魔。

ACIDMANと10年。

大学1年生になったばかりの4月29日、

ACIDMANという音楽に初めて生で触れた。

 

そのときは、ちょうどand worldが発売されて

追加公演@zepptokyoだった。

 

あの当時の私は、BUMPやRAD。

いまでも好きだがあえて言うと、

「いわゆる」という曲が好きだった。

 

自分の弱さとか、ぐちゃぐちゃする感情とか、

そういうのすべてを曲で、歌詞で表現してくれるあのバンドたちが大好きだった。

 

でも、なんというのか

「少し、自分の世界やこころの中だけでない世界を歌う曲も聞こう」

という、背伸びした先が、ACIDMANだった。

 

ACIDMANの曲との出会いは鮮明。


ACIDMAN - 廻る、巡る、その核へ

 

この曲の中盤で、曲調が一気に変わる。

1羽の黒い鳥がその生命を終え、土に還る。

そのときに一瞬にしてギターの不協和音が轟く。

木々が横に大きく揺れ、なぎ倒され、世界は赤く染まる。

 

そのインパクトに、ただただ圧倒された。

 

とにかく、最初はすんなり入るとかでなく、

とにかく「強烈に心を掴んで離さない、違和感」だった。

 

それが聴きたくて、とにかく聴きたくて

誰も行く人がいなかったら一人でいこうと

そのくらい、当時の私からすれば勇気を出した行動だった。

 

そこから、10年。

その10年の間、私はいろんな経験をした。

 

10年のうち、7年は

大好きだった彼氏との思い出だ。

 

大学1年生から大学院、そして社会人1年目まで

ともに、人生を生きてきた人がいた。

18から25まで、大事な大事な時間だった。

 

ACIDMANを振り返るときは、この人の存在が常にある。

せっかくなので、ここで振り返ろう。

私の次のステージへ行くためにも、大事なのかもしれない。

 

その人とは、忘れもしない。

2006年6月4日。

深夜での電話で告白された。

 

大学の同じ学部。静岡出身の少年で、ベーシストだった。

猫のように切れ長の目。

背は170cmほど。

スタイルの良い、優しい人だった。

 

彼とACIDMANのライブはほとんど一緒に行っていた。

7年の間、彼としか行ってないに近い。

(1度だけ、親友夫妻と4人でいった覚えがある)

 

GGのチャリティーイベントで、間近で三人を見たときも、

彼と一緒に行っていた。

 

私の誕生日に、彼は大木のような格好をわざわざしてくれて

私を迎えに来てくれたことも覚えている。

 

彼は大学4年間でACIDMANのコピバンをやり、

軽音サークルでは人気のバンドになっていた。

 

私は、彼のかっこいい姿と

当時私も歌いたかったけれど歌えなかった悔しさや悲しさを見せられなくて、

なかなか、彼にかっこいいって言ってあげなかったなぁ。

なかなか、演奏も見に行ってなかった。

ごめんな、、、、笑

 

もうだいぶ前のことになるから、

正直色々と忘れてしまったこともある。

 

覚えているのは、

タバコを吸っている姿がかっこよくて、

それがどうしてもかっこいいって言えなくて、

泣き出してしまったこと。

 

大学卒業して、遠距離恋愛になるとき

とにかく不安で、運転している彼の腕をギュッと

抱きしめたこと。

 

別れてからどうしても自分の心に素直になりたくて、

一度だけ、静岡まで会いにいったこと。

 

彼の左手には、私とのではない指輪があって

それでも、私の家までの道順はちゃんと覚えていて、

その矛盾がじわじわと悲しみを誘って、

強がっていた私の心をほぐして、

大泣きしたこと。

一緒に、彼も泣いていたこと。

 

「どうして、あのとき言ってくれなかったの」

「もう、おそいよ」

 

そう、言われたのは。

今でも鮮明に覚えている。

 

どうしても、

25歳の私は。

東京という育った街を捨てて

あなたのいる静岡に行く覚悟はできなかった。

 

25歳のわたしは、東京で自分の力を試したかった。

 

別れてどのくらいだろうか。

たぶん半年は、ACIDMAN聴けなかった。

 

7年の期間が大きすぎて、全てが思い出されてしまうから。

 

それこそココ最近でも夢に出てくるくらいだ。

最近やっと、その夢を見ても懐かしいなあと思えるようになったくらいで

それこそ今年の初めは揺れてた。

 

なんで、まだ出て来るの、って。

もう、揺らさないで、って。

 

本当に、ここ最近まで

”もうあの人以外に、私が涙を流せる人には出会えない”

そう思ってた。

 

そのくらい、大好きだった。

そう、大事だった。

 

ACIDMANをもう一度、聴こうと思ったのは

半年は経ってから聴いた、ALBUMの新世界だった。


ACIDMAN - 新世界

 

”今日、世界は生まれ変わる!”

 

そうだ。私は彼らの歌が好きだ。

深い悲しみも、いつかは終わる。

それはすべての人が終わっていくから。

 

そこからは、ACIDMANと再びともにいる。

キレイな声で歌う大木が好きだ。

ただ、そこにあるだけでいいんだ。

みな、いつかは消えていくから。

今ここに在ることを、ただひたすら噛み締めよう。

 

彼らの音楽は、そう教えてくれている。

 

本当につい最近、

1ヶ月も前ではない頃。

 

私は、ようやく彼に対して自分が思っていた感情を手放すことができた。

それは、

「どうして、あのとき私は手を取らなかったのだろう」

という、後悔の感情だ。

 

そう、後悔。

どうして、あのとき私は彼についていかなかったの?

そしたら、こんなに苦しむこともなかったのに。

こんなに人を愛することの難しさを知ることもなかったのに。と。

 

文字にして改めて思うけれど、

それはもう、彼への愛じゃない。

私への、責めだ。

どうして楽な方を選ばなかったのか、という

私への責めだ。

 

やっと、手放せた。

もう、自分を責めなくていいよ。

後悔しなくていいよ。

確かに苦しいこともあった。

今でも苦しんでいる。

でも、あなたは彼の手を取らなかった代わりに

たくさんの素敵な人に出会えたでしょう?

 

仕事も、今では誇りを持つことができているでしょう?

目指した場所にいるでしょう?

好きになってくれた人、たくさんいたでしょう?

 

そして、自分が涙を流せる人に

出会えたでしょう?

 

だから、もうあのときの自分を責めなくていいよ、と。

十分、あなたは頑張ったよ。と。

そして、今その頑張りのおかげで、最高に輝いているよ、と。

 

そう言えた。

 

そこで、最後の星。


ACIDMAN - 「最後の星」trailer

 

”忘れないよ 君の涙は ここで生きていたかったから

それはとても苦しいけれど それはとても美しい事

心が消えそうな そんな夜に 想像さえも超える音が 体の奥で響いている”

 

”時は流れて 全ては消えて行くけど 僕らは行けるだろう 遠くまで”

 

ここの歌詞が、わたしは自分のその出来事に重なって共鳴した。

 

流した涙も、無駄じゃない。

苦しいけれど、それは美しいことになるから。

消えそうなときも、次の世界への音が、もうあなたの中に響いているから。

 

そう教えてくれている気がした。

 

私の今の恋は、

私の性格からして、苦しい恋になっている。

 

大好きなのに、

もう少しで手に入れられるのに

今は手にいれられないと、いいや違う、

相手が、手に入れてはいけないんだと躊躇している。

 

それは彼の中にある罪悪感や、責任感

自分が素直になることへの恐怖が、彼の行動を制限している。

 

私はそれに気づいている。

そして、それを壊す方法も知っている。

 

でもその行動をするのは、彼しかできない。

 

だから、もどかしくて、焦る。

そこには私が愛されているという自信と、

でも愛されているという絶対的な行動と言動がない不安に潰されそうなんだ。

 

わかっている。

でも、たすけて、かみさま。

 

もう、幸せになっていいわ、わたし。

もう、幸せになっていい。わたし。

 

今週は、一つ目標を立てたわ。

彼を、少し意識から手放す。

 

愛しているから、手放す。

あなたが幸せになっていいなら、

わたしも心穏やかに、幸せになっていい。

 

優しい気持ちだけ、

愛おしいという気持ちだけ、

私に与えてください。

 

大好きと、

愛していると、

そう伝えてください。

 

わたしはその言葉を受け取る価値が十分にあると、

あなたはもう、知っているはずだから。

 

楽しみだ!